脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

価値観が合わない人とこそ結婚しろ


似ても似つかない人を探せ。

最近結婚について色々考えたので頭の整理も兼ねて書こうかな。

 

先日友人の結婚式に行ってきた。ジューンブライドだ。
とても楽しかったし久しぶりの遠出だったので、
充実した時間を過ごす事が出来た。友人には改めてお礼を言いたい。

というかまずこんな俺と友人になってくれた時点で聖人君子だよ。
きっと前世は麒麟とか鳳凰とかその辺じゃないかな。
俺と結婚した嫁なんかもうガンジーと肩組んでも差し支えないレベルだ。

さて、そんな事を言いつつも
正直俺は結婚した二人についてそこまで知っているわけではない。
そんな頻繁に会っていたわけでもないので。

だから断言こそ出来ないが、
それでも結婚式で流れたプロフィール映像を観た限り思った事があった。
二人の趣味趣向は真逆だ。正反対。間違いなく。あ、断言しちゃった。

だがそれと同時に実はこれってとても大事な事なんだろうなと思ったのだ。

人は皆いつだって不寛容だ。

いつだったか、東大が行ったtwitterユーザーの研究で
「ある事柄に対する意見がAとBの二つに分かれている場合、
 Aの意見を持つ人はAのツイートばかりに言及し、
 Bの意見を持つ人はBのツイートばかりに言及する。
 双方の意見について考察しているユーザは殆どいない。」
といった分析が紹介されていた事があった。

ネットとは色んな価値観の人に出会える場であるのに実に勿体ない話だ。
結局ネットも自分と同じ感覚の人がいるかの確認の場になってしまい、
そうじゃないモノには蓋をして見向きもしない人が多いというわけだ。
ネット上で意見を交わすという事の難しさが良く分かる。

しかしこれはネット上に限った話ではなく、
テレビや書籍、家族や兄弟、同僚や友人、何でもそうだろう。

人間は自分と似たような考えの人ばかりを周りに置きたがるし、
自分の考えに有利な情報ばかりを優先して集めたがるのだ。
そうする事で世界を止めてしまっている。それもおそらく無意識的に。

ネットがこれだけ発達しても付和雷同型社会なのかと思うと悲しいよね。
ちょっとその場の空気と違う意見を持ち込んだだけで非難される。
現実でもネットでも根底にあるのは同族意識。思考停止まっしぐらだ。

違いを認識する事から始まる。

少し話がそれてしまった。

まあでも言いたい事には割と近い。
自分の視ている世界の外側に行くために、思考を続けていくために、
価値観が違う人こそパートナーにしようという事だよ。

大体何でもかんでも自分と一緒の人間と過ごしたって気持ち悪いだろ。
俺だって俺となんか一緒に居たくないよ。ごめんな嫁。マジごめん。

でも誰だってそうじゃなかろうか。
どこまで寛容になれるかという話だけで、違う部分こそ楽しいものだ。

実際俺も嫁とは違う部分がかなり多い。
漫画もTVも食べ物も、政策や人生観だって考える方向性は結構違う。

音楽は確かに二人とも好きだが、それでも好きな分野は微妙に被らない。
嫁はRADIOHEADよりTalking Headsとか言いやがるメリケンかぶれだ。
小難しいトムヨークよりユニークなデヴィッドバーンが好きみたいだ。
レディへの良さが分からんとかちょっとアレだな。まともなヤツだな。

だがそんな感性の違いからこそ新しい発見があるものだ。
自分の人生の中では決して持ち合わせていなかった感覚がそこにある。

そして違う事を思っている場合はとりあえず話してみるのだ。
勿論、その感覚を最終的に共有出来ずに終わる事だって多い。
だがどういう思考プロセスでそう思い至ったのかを辿る事は出来る。

だからそういった違いを最初から受け入れ拒否するのではなく、
一旦咀嚼してみるとこれが意外と面白かったりするのだ。

「身を固める」なんてとんでもない。

思えば巷に蔓延している理想の結婚というのは、
どうも歪んでいるんじゃないだろうか。

結婚相手に求める事はまあ色々あるだろうが、
求めている内容は相手の中で完結するものばかりになっていないか。

「顔はこれくらいのイケメン・美女」「身長は何cm以上」
「学歴は○○大学くらい」「年収はどれくらい」「資産がどれくらい」
「家柄」「職業」「社会的地位」「仕事の実績・ポジション」etc...

別にこれらの全てが悪いとは言わないが、
そこに「自分がどう成長できるか」という視点はあるだろうか。
今のスペックばかりに拘ってそこで終了していないだろうか。

「今の自分がこうで相手はこんな感じ」
みたいな完全に”自分と他者”で完結してしまう捉え方では
「良い影響を及ぼしあえるか」という未来を見据える事が出来ない。

互いに新しい刺激を与えあえればそれが相乗効果になって
一人では絶対辿り着かなかった何かを得る事が出来るわけで、
むしろ二人でそれを見つけていく事こそが醍醐味なのである。

大事なのは
”相手の今”だけを視て色々求める事ではなく、
”二人のこれから”を想像してみる事だ。
化学反応を楽しむようなワクワク感。積極的に自分達を変えて行こう。
だから「身を固める」なんて言い方は実は相応しくないんじゃないか。

もしある人が世間一般でいうところの「イマイチな人」だったとしても、
誰かの力と混ざり合う事で新しい世界を開くかもしれないし、
その力を持っているのはもしかしたら自分かもしれない。

そしてまた逆に、
自分の新しい部分を引き出してくれる人がその人なのかもしれない。
それが双方に起こるのだとすればそれこそが理想の結婚なのである。

究極的には価値観が合う人なんて存在しない。

自分と他人がドンピシャで合うなんて、
やっぱり考えれば考える程に果てしなく無謀な話なんだよ。
自分とまるっきり考えが一緒な人間なんているはずもなく、
むしろそんな人がいたら怖いくらいである。

ネットが広まって世界が近くなったのはいい事だが、だからと言って
「きっと自分とぴったんこな人がどこかにいる!」とか思って
本気で探していたら多分人生3周しても足りないんじゃないか。

だから「自分と合う人」というのは「考えが合う人」というよりは、
「互いに高め合う事が出来る人」が正解なのだ。
色々書いたけど至ってシンプルで当然の話だったな。

価値観が合わない人だからと言って排他的になればなるほど、
自分の了見が狭くなっていく。どんな事柄も捉え方次第だよ。
もしかしたらそこに自分をアップデートさせる鍵があるかもしれない。

というわけでそんな結婚をした二人を心から祝福したい。
ベタな話だが結婚はゴールではなくスタートなのだ。
というか人生はいつだってスタートラインに満ちているもんさ。
俺も明日から…そうだな、野菜ソムリエとか目指してみようかな。


あとトーキングヘッズは俺も好きです。勘違いしないでね。
でもレディオヘッドの方がもっと好きです。新譜は…まぁいずれ書くか。

そして娘はどんな音楽を好んで聴くんだろうか。
トーキングヘッズかレディオヘッドか、嫁タイプか俺タイプか、楽しみだ。


ボンバヘッドかな。

Bomb A Head! 生誕20周年記念盤(仮) (MINI ALBUM) Bomb A Head! 生誕20周年記念盤(仮) (MINI ALBUM)
m.c.A・Tほか

曲名リスト
1. Bomb A Head! (オリジナル) (TVヴァージョン)
2. Bomb A Head! (インストゥルメンタル)
3. Bomb A Head! (12”MIX)
4. Bomb A Head! (The Remix)
5. Bomb A Head! (EXTENDED MIX) (ピストン西沢MIX)
6. Bomb A Head! (m.c.A・T The@Special Primal Live Ver.) (ライブ収録)
7. Bomb A Head!V
8. Bomb A Head! (RAVEMAN mix)
9. Bomb A Head! (AAAヴァージョン)
10. Bomb A Head! (ボサノバヴァージョン)
11. Bomb A Head! (アカペラ) (ボーナストラック)

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