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脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

脱R論 - 一般人の一般人による一般人のための音楽ブログ。

貧困を悲劇にしたのは誰だ!

色々言う

悲劇の台本が生んだ悲劇。

NHKにようこそ!(1)<NHKにようこそ!> (角川コミックス・エース)
滝本 竜彦 大岩 ケンヂ
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社会問題を皆が認知するまでには様々なプロセスがある。
そしてそれは一般的には物凄く時間を要する事であり、
問題がある程度進行した状態でやっと認知される場合が殆どだ。


そしてまた問題が認知されたはいいものの
時間が経てば風化するし他の問題のせいで存在感が薄くなる事もある。
人間ならば「そういえばそんな問題もあった」と忘れてしまうのは当然だ。

だからこそ社会問題というのは定期的に話題にされているわけで、
我々一般人はそういった問題を都度「改めて再認識」する事で、
漆塗りのように徐々に重要な問題として自分の中に定着させていくのだ。

真面目すぎて気持ち悪い切り出しになったけど、
先日から話題となっていたNHKの貧困女子高生の報道についてだ。
あまりに残念だったんだよ。何してくれてんだよNHK

問題の本質が見えなくなった

NHKの貧困女子校正の特集で取り上げられた子が
過去のTwitterの投稿等から「全く貧困じゃない」とネットで話題になり、
片山さつき議員まで動き出そうとしている状況だ。

⇒NHKがインチキ貧困者を特集した理由。裏の繋がりと貧困ビジネスの実態が明らかに 

俺はこの一連の騒動がとても嫌だった。
何が嫌かって本来の問題提起が霞んでしまった事だ。
この騒動が実に色々な物議を醸したが故に、だ。

以前、育休議員がイクメンといいつつ不倫をしていた話と似ている。
あの議員の問題提起により男性の育休取得という議論が盛り上がり、
まさに問題を皆に認識させたと思ったらアレだよ。ホント残念だ。

自慢する程でもないが俺は俺の会社で初めて育休を取った男性社員だ。
半年間程だったが実に有意義だった。だがこの議員のせいで
もしかたら俺も知らないところでなんか言われていたかもしれない。


今回も「学生が自由に進路を選択できない」という重要な問題が、
NHKが報道の仕方を間違えたせいで認知されにくくなったわけだよ。
そして「貧困は自己責任」という別の話に離れてしまった。悲劇だよ。

時代の進化を鈍らせる同調圧力

今回取り上げられたのは、アニメ関連の専門学校に行きたいけど
金銭的な理由で断念しなければならなかったという女子高生だ。

これについて「アニメ関連の道に進んでも儲からない」とか
「そんなとこ行くくらいなら働け」といった意見もあったが、
完全に余計なお世話だよな。本人が行きたいんだからいいだろ。
その先どうなるかなんて誰にも分らないのに否定するとか何様だよ。

学費についても「稼ぎながら通え」みたいに言う人もいる。
「自分も苦労して学校通ってた」「出来ない事はないだろ」とかね。
しかしこの「自分がそうだったからお前もしろ」みたいな考えが
社会を停滞させているんだよ。何その苦労の同調圧力。勘弁してよ。


現状そうやって苦労しないと勉強の機会さえ得られない社会だから、
これから良くしていきましょうよって話だよ。時代は進んでいくのだ。
それなのに昔の人と同じようにしろって?いやいや改善していこうよ。

そもそも日本は他国と比べ圧倒的に教育に金がかかる国だ。
おまけに塾通いがデフォ。金がある家の子の方が頭が良くなる現状。
教育の環境がしっかり整っていれば本来塾なんて要らないハズなのに。

誰にでも同様に学べるチャンスが与えられる社会は目指すべきだよ。
なのに「皆そうだったんだからそうしろ」とか目指す気ないじゃん。
「そうなればいいけどまだ財源が足りないから何とかしたいよね」
みたいな言い方ならまだ分かるけど。とにかく未来を見ようぜ。

「可哀想」で曇ってしまったテーマ

というわけで今回のNHKの報道は本来なら
「誰にでも教育の機会を!」という大事なテーマになる予定だったんだ。
そう、予定だったハズだ。だからこそあの報道は残念だった。

冒頭でも言った通り、問題提起を行う事は重要だ。
そしてそれを風化させないためには繰り返し伝える事の他にも、
受け手に強烈なインパクトを与える事も大事になってくる。
あの海岸の子供の遺体写真が難民問題を浮き彫りにしたように。

今回の問題を提起するにあたり、
NHKはあの女子高生の話をフィーチャーする事でその効果を狙った。
観ている人の心に強く残すために彼女を使ったのだろう。
だがその取り上げ方があまりにマズかった。

俺はリアルタイムで放送を観てはいなかったので、
後追いで確認したわけだがなんというかもう気持ち悪かった。
だって「貧困って可哀想でしょ?」みたいな内容になっていたから。

完全にミスリードされているとしか思えない。
「誰にでも等しくチャンスを!」が「貧困可哀想!」に見えた。
今回のテーマに対しての彼女の起用とあの演出は激しくアンマッチだ。

貧困かどうかは不毛な議論

今回の件で女子高生が貧困かどうかについての議論ばかりが目立つが
俺はそこに関してはぶっちゃけどうでもいい。というか分からないし。
一般家庭より収入が低いように思われるがそれも推測でしかない。

貧困の定義については色々言われている。
可処分所得をOECDの基準に当て嵌めてどーのこーのすれば
一応客観的な貧困かどうかは判断できるんだろう。

でも貧困の定義って結局は単純じゃないわけよ。

いくら収入があっても家賃などの固定費、車のローン、家のローン、
子供の養育費、親の介護費等の支出があれば使える金は少なくなる。
資産のありなしも関係してくるので収入だけじゃ判別できない。

結局はどれくらいのレベルに貧困のラインを持ってくるか次第になる。

今回の女子高生はパソコンも買って貰えなかったという話だが、
ここで女子高生が使っていた画材が2万円するだのしないだの、
アニメグッズや限定品はどれくらいだのとか細かく計算しても不毛だ。

結局、それくらいの娯楽も許されないのかと言う人もいれば、
自分はそんな余裕すらない人のにと言う人もいるのは分かりきっている。
貧困の認識のレベルを合わせない限り無理な話だ。

俺の暮らしだって贅沢に見える人もいれば貧困に見える人もいるだろう。
また、月数万円の収入でも安いアパートに住んで休みは図書館で読書、
そういう生活でなんの不満もない幸せだって人だっているんだよ。


またパソコンが買えなかったことについてもそれはそうなのだろう。

極端な話、今回NHKでパソコンが買えませんといった女子高生も、
すっごい豪邸やタワーマンションとかに住んでて
そのローン返済がギリギリでパソコンが買えませんという人も、
皆と親睦を深めるためにと毎日のように飲み会をやってて
常にお金が無いのでパソコンが買えませんという人も、
これらは皆パソコンが買えていない人達なのである。

おかしい話?でも実際に皆パソコンが買えていないのだ。
お金をどこに使うかの優先順位がただ他の人と違うだけである。
正確には「買わなかった」が正しいかもしれないけど。

故に彼らに「お金の使い方間違ってるだろ!」とツッコんだとしても、
彼らは多分間違ってるとは思っていない。そういう感覚だから。
ツッコんだところで「?」となって終わりだ。これも不毛なわけよ。

この「お金の使い方間違ってるだろ」のツッコミが
衣食住以外に使うお金が無い人に通用しないのは勿論だが、
お金の使い道を選べる人にだって通用するとも限らないのだ。
なぜならそのツッコみの感覚自体を本人と共有出来ないから。

だから今回の女子高生の貧困具合を共通認識にする事は難しいと思う。

ただ今回の女子高生が
「貧困でなければストーリーが成り立たない」という強引な思想の下で
演出されていた事だけは間違いない。そしてこれがもう色々ヤバイのよ。

悲劇にする必要があったのか?

つまり問題なのはNHKが報道の感度を上げるために
彼女を悲劇のヒロイン的扱いで演出した事だよ。
俺の家は民放よりNHKを観る事が多いNHK一家だが、
これは完全に視聴者を舐めていると思った。

今回の女子高生が専門学校を断念したのは事実だろう。
でも家にエアコンが無い事やパソコンが買えなかった事を
勝手に貧困と決めつけてお涙頂戴の台本にした事に寒気がする。


俺はね、彼女は悲劇のヒロイン然とするんじゃなくて
テレビで自分の好きなアニメ等への熱意を語って欲しかったんだ。

アニメグッズを買った事もワンピースの映画を何度も観た事も、
テレビで堂々と胸張って伝えていいんだよ。むしろ伝えるべきだ。
だってその道が好きなんでしょ?そこに金を使った事に問題はないよ。

一般的には娯楽に見える事も彼女にとってはある意味では投資なんだ。
エアコンよりもパソコンよりもそっちが重要だったんだだよ。
だからそれを選んだ。それだけの話だ。彼女もハッキリそう言えばいい。

貧困エピソードを悲劇で語るからおかしくなるんだよ。
逆にエアコンやパソコンよりも優先度が高くなっちゃうくらいに
自分はコレに夢中なんです!というアピール材料に使ってくれよ。

その上で、現在の制度では好きな道に進学出来ない、
自分にはこんなに好きな事があるのにその道に進めないと言ってくれ。
頼むから若いうちから自分の人生を悲劇のように表現しないでくれ。

可哀想な演出という落としどころが先に見えていたために、
貧困エピソードを悲劇的に語る方向に表現が限定されていたのだ。
残念すぎる。夢中になっている自分を見せる格好の機会だったのに…

大事な問題はしっかり伝えよ。

今回の話は「可哀想な高校生」を前面に出せば共感を得られると
安易に考えた人が制作サイドに多かったから起きた悲しい話だ。
どっかで放送されているチャリティーもどき番組のような匂いがする。

問題提起は大事だがあまりにインパクトにこだわりすぎて、
そのやり方を間違えると本質が損なわれてしまうという例だろう。
感情に訴える方法ばかりではない別の強い意志も見せて欲しいよ。

財力で左右される未来を減らしていく事は大事な課題だし、
貧困問題も大事な課題だ。今回の騒動の中で見失わないようにしたい。

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