脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

【Album】宇多田ヒカル / Fantôme [2016]


聴け、宇多田ヒカルの今を。

Fantôme Fantôme
宇多田ヒカル

曲名リスト
1. 道
2. 俺の彼女
3. 花束を君に
4. 二時間だけのバカンス featuring 椎名林檎
5. 人魚
6. ともだち with 小袋成彬
7. 真夏の通り雨
8. 荒野の狼
9. 忘却 featuring KOHH
10. 人生最高の日
11. 桜流し

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ハイスタが16年ぶり、ローリング・ストーンズが11年ぶりと、
大御所が久しぶりの新作を発売する話題が多い気がする今日この頃。
あのロック・レジェンドのチャック・ベリーも、
90歳になった10/18に新作を出したとか。元気過ぎだろチャック。

そして今年最大の話題作とも言えるのがこのアルバム、
宇多田ヒカルの『Fantôme』ではなかろうか。
読みは「ファントーム」。「o」ではなく「ô」が使われており、
再生ソフトによっては文字が表示されないヤーツだ。

この宇多田のアルバム、世界各国のチャートで上位に入っており、
その結果に本人も驚いていた模様。
そりゃそうだ。今回の作品、全く英語圏を意識していないにもかかわらず、
英語圏を意識した『EXODUS』よりも海外受けが良かったわけだから。

でも海外向けにアレンジした寿司よりも元々の日本人向けの寿司の方が
結局一番良かったりするわけよね。俺も国内で活躍したアーティストが、
海外進出の際に海外仕様になるのは好きじゃない。ワンオク、分かったか。


しかしこの宇多田の新作、実に8年半ぶりだったが
正直ここまで売れるのは俺も予想外だったよ。
すっかり日本人の新たな民族音楽となったあのEXILEのベストを抑え
堂々の1位を獲得、そしてその後もオリコンも3週連続一位だ。

⇒宇多田ヒカル“無特典アルバム”が、EXILEの“金ザイル商法”に完勝! ネットには「痛快」の声も

金ザイル商法とか言われているけど、
俺はここでも何度も主張しているように、複数買い商法は否定しない。
ただランキングの集計方法をもっと時代に合わせて変えるべきだと思う。

だが、そんなEXILEのベストに通常盤オンリーで打ち勝ったんだから
やっぱり宇多田の底力は素直に凄い。いやホントマジで凄い。


だって8年半という月日が経っているんだぜ?

もうすっかり大人になった人からすれば
8年なんて意外とあっという間かもしれんけどさ、
今音楽を聴いている真っ盛りの15歳の高校生の8年前は7歳よ。

そんな小学生に入って間もない頃に
話題になっていたアーティストが新作出したところで、
今の高校生にとっては「誰このおばはん」状態だよきっと。
そんなおばはんがオリコン3週連続1位とか「おばはん何者?」だよ。

まぁでもハイスタが一位取ったのと同様に、
ちょっと上の世代の方がCDは買うのかもしれん。
それでも改めて宇多田ヒカルここにありと思わせてくれる出来事だ。


さて、そんなわけで今の人は良く知らないかもしれない
宇多田ヒカルおばはん待望の新作であり、今年最大の話題作。

良い。良いよ。
秋という季節もあって沁みる。沁みるよ。
宇多田が帰ってきたんだ。彼女の新作が聴けるんだよ。
この事実だけで感慨深い。日常が彩られていく。


ただ、昔の宇多田にあったダンサブルな曲や独特のグルーヴ感は無い。
この辺は評価が分かれるところかと思われる。
全体的に落ち着いたバラード、ミドルテンポの曲が多く、
そういったところは若い人達にはウケが悪いのかもしれない。

しかしだ、宇多田より2つ年下の俺は、
俺が中学の時に宇多田が15歳で鮮烈なデビューを果たした事、
彼女の1stアルバムが決して今後も破られないであろう
800万枚という邦楽歴代1位の「んなアホな」売り上げを記録した事、
2ndアルバムが初動300万枚という「んなアホな」を記録した事、
そんな色々な事をずっとリアルタイムで体験したわけだ。
彼女と共に年齢と「んなアホな」を重ねてきたわけだ。

そう、俺の世代は宇多田と一緒に時代を歩んできたような気分なのだ。
だからこそ、今度のアルバムに「宇多田の今」が詰まっている事が分かる。
昔のような彼女の音楽は無いが、時代と共に変化した彼女の音楽がある。

しかしこの変化というのは肯定的に捉えられるのは意外と難しい。
旧来のファンというのはやはりそのアーティストに「求める」音楽がある。
そのファンが求めるものと違うモノを提供すると当然否定的に捉えられる。


だが俺はこの宇多田のアルバムはまさに今の時代が求めた音楽だと思う。
正直言って華やかさは無い。高品質なポップスだけどどれも影がある。
軽快な曲もあるにはあるが、全体的には哀愁で包まれているのだ。


母、藤圭子自死という重い辛い出来事を経て、
生み出されたこのアルバムには重厚な死生観が漂っている。
活動休止中の出産、人間活動も非常にこの作品に大きく作用している。

15歳で一気にスターダムにのし上がり非凡な才能を見せつけ、
J-POP界を一気に駆け抜けた天才・宇多田ヒカルの姿は無いけど、
色々な人生を経て我々のような普通の人間に舞い戻ってきた姿があった。

人間的な、あまりに人間的な。
意味は違うがニーチェ先生のあの言葉がふとよぎった。
宇多田ヒカルは我々を突き放したようなあの天才の音楽から、
とっても人間的な音楽へと変化をしてきている。

暫く前、同じく母親が自死したという人がこのアルバムを聴いたら
涙が止まらなくなったというエントリーを投稿していた。
自分の気持ちを宇多田がうまく表現してくれていた、と。


そしてそんな自死した家族を持つものだけではない、
人間的になった彼女の音楽には様々な要素が見え隠れする。
悲壮、歓喜、切迫感、冒険心、そして癒し。実にカラフルだ。

特に俺のような彼女と時代を共にした世代にはわかるハズ。
皆それぞれが抱えている日常、人生、社会、時代への苦悩。
そういったものが全て投影されている鏡のようなアルバム。

だからこそこのアルバムは、今の時代が求めたアルバムだと思った。
彼女と時代を同じくした者には特に強く感じられるに違いない。
今の彼女が歌うのは『Automatic』じゃない。
『道』であり『二時間だけのバカンス』であり『荒野の狼』なんだよ。


様々な題材を歌ったこのアルバムはまさに人生のような一枚だ。
曲の順番で緩急が激しい時もあるが、それも波瀾万丈の人生を表している。
まさに人生山あり谷あり。突然のイベントが起こるのもまた人生なのだ。

地味なようでカラフル、そんな不思議なアルバムだった。
そしてまさしく今を生きる宇多田ヒカルだからこそ出せた、
間違いなく2016年を代表する一枚、そう断言しよう。

ラストの『桜流し』では自然と涙が溢れそうになる。
ああ、そういやこれエヴァの曲だったな。でもそんな事すら忘れる。
秋にピッタリの珠玉の一枚だ。聴け。浸れ。そして泣け。

ただ、宇多田のアルバムが出る度にいつも思うんだが、
ジャケットはもうちょっと工夫が無いんかな。
毎回肩から上の顔写真ばかりで、アルバム並べると校長室の写真みたいだ。
宇多田の成長記録か。ここまで来ると逆にもう方向性変えられないんかな…。


【採点】
・脅威の売り上げ   30点
・宇多田ここに在り  30点
・あまりに人間的な  25点
・毎回同じジャケット -1点
84点