脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

【Album】はちみつぱい / センチメンタル通り [1973]


日本の美学をリマスター。

センチメンタル通り センチメンタル通り
はちみつぱい

曲名リスト
1. 塀の上で
2. 土手の向こうに
3. 僕の倖せ
4. 薬屋さん
5. 釣り糸
6. ヒッチハイク
7. 月夜のドライブ
8. センチメンタル通り
9. 夜は静か通り静か
10. 僕の倖せ
11. 君と旅行鞄(トランク)
12. 酔いどれダンス・ミュージック

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世間にはCD等があからさまな商業目的で発売される事を
嫌っている御方も多いみたいだが、度々書いている通り
そこに需要があるならば俺は別に良いじゃないかと思っている。

特にAKB系列を始めとするアイドル系に多い
特典やバージョン違いでCDを売る手法を心底憎んでいる人を見ると、
前世から何かしらのカルマを引き継いでいるんじゃないかと心配になる。


そしてそういう方々は「リマスター」という売り方を
どう思っているのか少々気になる今日この頃なのです。


そもそもリマスターとは何か、Wiki先生から引用してみよう。

デジタルリマスター(英語: Digital remastering)とは、
過去の映画や音楽などを、最新のデジタル技術を用いて、再度マスタリングを行う(リマスタリング)作業(及び作業されたもの)のことである。

ふむふむ。で、マスタリングって何よ?教えてWiki先生。

マスタリング(mastering)とは、
1.さまざまな素材、内容を記録媒体(CD、DVD、Blu-ray Disc、LPレコード、ビデオテープなど)に収録し、量産用プレスをする際のマスター(原盤)を作成する作業。これは音楽に限らずコンピュータゲームやパソコン用ソフト、データを収録したCD-ROMやDVD-ROMやBD-ROMの他、DVD-Video、DVD-Audi

ああ、長い。中断。
俺理系だし長い文章嫌いって言ったじゃん。

まぁつまりアレだよ、リマスターってのは
「古い音源を最新の技術を使ってより良い質の高い製品にして再発する事」
だよ。多分そんな感じ。


過去に発売された名作や人気作のCDなんかは
発売10周年や20周年を迎えた際に「リマスター盤」として良く再発される。
故に同じタイトルのCDが発売年が違うだけで3枚も4枚もあったりする。

そしてその作品の熱心なファンはリマスターが出る度に、
「最新の音源を買わなきゃ」と思い同じCDを5年周期で買ったりする。
これも立派なビジネスである。音楽業界はこういう層に支えられている。
そしてこういう層も前世から何かしらのカルマを引き継いでいそう。
いえいえ、誉め言葉ですよ。そのCDと深い縁があったんですよ貴方は。


さて、そんな商業的匂いが漂うリマスターという手法だが、
でもこれって結構重要な役目を果たしてたりするのよ。
我々はリマスター盤が出る事で「過去の良作」を再認識できるからだ。

今年もレディへのOK COMPUTERの20周年リマスター盤が
オリコントップ10に入ったりして話題になった。

こういった形で同じCDが再発される事によって
1人でも多くの人にそれを聴くきっかけが出来ればいいと思うんです。

特に音源がまだレコードだった時代に発売された作品ってのは
ほぼ必然的にCDで音源が再発されているわけで、
我々デジタル世代はそういったCDの再発によって
「お、ちょっとコレ買ってみようかな」と思ったりするわけ。


いつものようにグダグダと前置きが長くなっちゃったけど、
早い話が『センチメンタル通り』のリマスター盤を買ったって事。
それだけ。今日はそれが言いたかったの。もう後は読まなくていいよ。解散。


この1973年発売の『センチメンタル通り』のリマスターについてだが、
俺はタイトルは知ってたしYoutubeとかでも音源も聴いてて
「そのうち買ってもいいかなー」くらいの気持ちだったんだ。

でもその「そのうち」のきっかけがいつまでも来なかったところに
この前「リマスター盤が出た」事で「じゃ、買おう」となった。

思えば俺は以前からビートルズとかはっぴいえんどとか、
昔の作品はリマスター盤が出たタイミングで買っていた記憶がある。
まさに良き消費者である。俺も前世に何かあったに違いあるまい。

そんなわけで今回もまんまとリマスター商法にハマって
このはちみつぱいの『センチメンタル通り』を購入しちゃったんだよ。
正直俺は音質が良いかどうかはサッパリ分からんかったんだけど、
なんか良い感じはしてるぜ。さすがリマスター。もしかしてプラシーボ。


この『センチメンタル通り』は「邦楽の隠れた名盤」的な
語られ方をする事が多い、日本語ロックの夜明けの頃の作品である。

邦楽では1971年のはっぴいえんどの『風街ろまん』
日本語ロックの代表的作品に挙げられる事が多いんだけど、
この『センチメンタル通り』もそれと双璧をなす一枚みたいな扱いだ。

でもはちみつぱいの評価ってなんかここ数年で急速に広まった気がする…。


このなんとも愛らしい名前の「はちみつぱい」は
後にムーンライダーズを結成する鈴木慶一が組んだバンドで、
アルバムは『センチメンタル通り』のみである。
鈴木慶一はほらあの人だよ。任天堂の名作「MOTHER」シリーズの
音楽を担当した人だよ。あと東京ゴッドファーザーズとかも。

しかし平仮名での「はちみつぱい」って表記を
なんかこう気が抜けるというかギャグっぽく感じてしまうのは、
多分俺がスレイヤーズを通っているからだと思っている。
スレイヤーズ神坂一は笑いどころで良く平仮名を使うの。

でもこのアルバムが出た当時は、
これがきっと斬新でオシャレな表現だったと信じてる。
てかはっぴいえんどもそうじゃんか。平仮名表記万歳。これぞ日本の美学。


そんな当時は最先端を行っていたと思われるアルバムなわけですが、
まさしく「これぞ日本語ロックの夜明けぜよ」といった印象だった。
そういや坂本龍馬って教科書から消える可能性があるらしいってね。
俺はまぁいいと思うよ。アイツ多分武器商人だし。
そろそろ司馬遼太郎の洗脳から脱却するべきだ。

と話が脱線したけど、まさに日本語ロックの初期作品って感じだ。
勿論、今風の一般的なロックというイメージとはかけ離れている
のどかでゆったりとした作風なのだが、はっぴいえんどしかり
この頃の日本語ロックはこんな感じだったんだという空気が感じ取れる。

特に言葉のチョイスに日本語特有の詩的な感覚があるのが魅力的。
『塀の上で』とか『土手の向こうに』とか、
こんな手探り感覚のタイトルの曲が並んでいる事に時代を感じる。
今時のロックバンドはこんなタイトル絶対つけないでしょ。

『塀の上で』なんかサビが

塀の上で 塀の上で

だからね。すぐに英語でLOVEとか使いたがる英語かぶれ世代とは違う。
趣があるのよ趣が。そこを感じ取らずに「ダサい」とか思っちゃう奴は、
きっとしまむら着てる奴を馬鹿にしちゃうタイプ。つまり俺の敵だ。


あとはっぴいえんどの音楽と比べると、
はちみつぱいの方がややフォーク、歌謡曲寄りなように聴こえる。
はっぴいえんどよりも素直にスッと入ってくるのがはちみつぱいだと思う。
はっぴいえんどはちみつぱいでそろそろゲシュタルト崩壊しそう。

そしてジャケットがいいよね。
確か当時の東京蒲田辺りの風景だったと思うけど、
今改めて見ると当時の人々の生活感が伝わってくる史料的な側面もあり、
このジャケットを思い浮かべながらアルバムを聴くとより一層浸れるよ。


もう今から44年前の作品と考えると、
はるか昔の別世界の音楽のように思えてしまうけど、
今に繋がる音楽の源流がそこにあったと想像するとワクワクする。

確かにデジタル世代の俺らが聴くと
物足りないと感じる部分があるのは否めない。

でもこういう音楽を聴くときって今と当時で違う部分だけではなく、
両者に共通する部分を感じる事がまた楽しかったりするんだよね。
遠い時代の音楽から変わらない人間の本質のようなものに気付く。
その時代に思いを馳せながら聴くというのもいいもんですよ。

しかしこのアルバムの翌年1974年に
サディスティック・ミカ・バンドの『黒船』だったり
四人囃子の『一触即発』だったりが生まれたのかと思うと、
凄いスピードで新しいモノが生まれる時代だった事が想像できる。

俺は別に懐古主義者じゃないというかむしろミーハー気質なんだけど、
今回の様にリマスター等をきっかけに昔のアルバムが注目されると
ちょっとタイムスリップしたくなったりするんだよ。

皆さんもこんな現代社会に疲れたら、
たまには昔の曲を聴いてみるのもアリですよ。
そこから今を見つめ直すと新たな発見があるかも。


【採点】
・リマスター商法にハマる  30点
・日本語ロックの夜明け   30点
・当時はお洒落な平仮名表記 20点
しまむら馬鹿にするヤツを許さない
              -1点
79点