脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

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【Album】WANIMA / Everybody!! [2018]


これが日本の正義。

Everybody!! Everybody!!
WANIMA

曲名リスト
1. JUICE UP!!のテーマ
2. Everybody!!
3. ともに
4. やってみよう
5. SNOW
6. エム
7. シグナル
8. OLE!!
9. ヒューマン
10. CHEEKY
11. サブマリン
12. 花火
13. ANCHOR
14. CHARM

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ハイ売れた。

もう「TANIMAです」なんて言葉の罠を仕掛けても無駄だ。
WANIMAの名前はすっかり知れ渡ってしまった。
少なくともワゴン車でドンキにやってくる
陽キャへの認知度は100%である。※俺の脳内統計

さて、誰の発言だったか
「売れるという事は馬鹿に見つかる事だ」
みたいな超上から目線の格言を聞いた事がある。

まぁ"馬鹿"という表現が適切かかどうかは置いておくにしても、
世の中で流行るかどうかのカギを握っているのは、
少なくとも俺みたいな陰キャではない事は自明である。

そう、そのカギの大半を握っているのは
JKであり陽キャでありF3層でありマイルドヤンキーだ。

そう、同じ地球に生まれながらにして
俺とパラレルワールドを生きている決して相容れる事がない人種。
つーか俺めっちゃギャルママに絡まれやすいんだけどなんで。


思い出していただきたい。かつてネット上で流行った色んな言葉が
実社会で使われ始めた頃には意味が変わっていた数々の事例を。
だいたいJKとか陽キャのせい。あいつらの忖度力の無さのせいで
勝手に意味が改変されて使われてあっと言う間に広がるの。

でもこれが現実。広まってしまった意味の方が最早正義だ。
陰キャが生み出した文化なんてJKや陽キャに強奪されたら
後はもうなす術がないの。これで分かったでしょ?
日本では陰キャは悪で陽キャが正義。コミュ症は社会的な死と同義。

つまりだな、JKとか陽キャとかマイルドヤンキーとかに見つかったら
それはもう売れるに決まっているわけだ。これはもう大自然の摂理だ。


確かにWANIMAは売れる要素が抜群だった。
だって見た目がもう完全に陽キャだもん。

表情筋固定されてんのかってくらい笑ってる顔しかみたこと無い。
その田舎のヤンキーみたいな風貌なのにずっと笑顔って組み合わせが
陽キャに受け入れられやすい要因だったわけですよね。

そして昨年末の紅白。「WANIMAってどんな曲かよく知らない」or
「やってみようの人たちでしょ?」くらいの認識だった人が
紅白で披露された『ともに』とかいうクソ良曲を聴いてしまったが故に
WANIMAへの注目度がぐんと伸びた模様。


いやー、『ともに』はやっぱいい曲だね。

そんな勢いの中で発売されたのが
メジャー1stアルバムとなったこの『Everybody!!』なのである。
これで売れなきゃもう大自然の摂理が成り立たないだろ。


そしたらハイ売れた。

あっさりオリコン1位とった。ツアーチケットも即売れ。
WANIMAは正義となったのだ。あーあ、チケット取りにくくなった。


だがWANIMAがここまで人気になったのは
決してその人懐っこいキャラクター性だけが理由ではない。
ここ最近の音楽シーンでは最早忘れさられていた
「日本語メロコアという干支を一周回った音楽性が光っていた。

メロコアそして青春パンク。
2000年代前半の音楽を語る上では避けては通れない音楽ジャンルだ。
正確にはこの二者は異なるものではあるのだが、
青春パンクはパンクと言いつつメロコアベースの曲に
日本語詞を乗せるものが多かったので両者に関連性はある。

それはもうめちゃめちゃ流行った音楽スタイルだったんだけど
時代の流行には逆らえないもので、
2000年代後半になるとすっかり下火になっていた。


だからWANIMAに人気が出始めたときは
「おわっ。今どきこんな曲やるバンドいるんだなー」
みたいな懐かしさが混じった気分だったと同時に
「でも多分若い子にとっては新鮮な音楽だろうから、
 一周回って逆にアリみたいなパターンかも。」
みたいな感じで売れた理由を捉えていた。

確かにリバイバルブームってちょいちょい起きるので、
メロコア、しかも分かり易い日本語ってのが
今の時代にぶっ刺さったという理由は確実にあるだろう。


でも単純にそれだけじゃない。アルバムを聴けば分かる。
WANIMAはやたら日本語の乗せ方が上手い
あんな田舎のヤンキーみたいな見た目しときながら国語力が高そう。

元来日本語ってのはロックには向いてない言語だし、
ましてやノリのよいリズムなんて合うわけがない。
だからこそメロコアはハイスタを始め英語が主流だった。


でもWANIMAのメロコアは日本語だ。
そしてちゃんとノリが良いし聴いててすっごい気持ちいいの。
かつての青春パンクでもここまで活きの良い日本語は少なかった。

考えるとWANIMAの日本語の使い方は技術というよりは
むしろアイデアに近いかもしれない。桑田とかがやるような感じ。

日本語だけど肝となる部分に英語や擬音、吃音を当てたり、
メロディーに追いつくために早口で言葉をまくしたてたり、
でも伸ばすとこは伸ばし緩急とメリハリをつけたり。

これぞ「聴いてて楽しい日本語」である。
泣ける歌詞もあればエロい歌詞もありそのギャップもまた楽しい。
こりゃ陽キャにはたまらないだろう。


だがそれに加えて今回のアルバムはメロコアベースだけではなく、
色々な音楽をジャンクフードのように混ぜ込んだ
ミクスチャー的音楽として仕上がっている点が気になった。

そしてこれもきっと彼らが人気の重要な理由の一つ。
自分達のノリを最適化できそうな音楽を、
メロコアにこだわらず積極的に探している点だ。

つまりWANIMAはもう単純なメロコアバンドの後継者ではないのだ。

俺は最初「懐かしい音楽をやるもんだなぁ」とか思っていたが
多分その認識はもうズレているに違いない。
WANIMAを"かつて流行ったようなバンド"という枠組みで
捉えてしまうのはきっとおっさんだけなのである。


考えてみれば陽キャなんて単細胞生物
ノリが好きかどうかぐらいの物差ししか持ち合わせていないので、
そもそもWANIMAがメロコアバンドかどうかなんて認識すらない。
奴らの中でのWANIMAは”ノリのいい曲のおっさん達”。以上である。

つまりこれは俺のような陰キャがこうやってネットで頑張って
「WANIMAはなぜ売れたか。奴らはメロコアバンドじゃないのか。」
なんて何の生産性もない自問自答をウジウジと続けているのに対し、
陽キャは「うわWANIMAって明るいしメロディもいいし素敵やん?」
という即決即断で彼らをチョイスするだけなのである。

そして彼ら陽キャから下される結論はただ一つ。
「俺らがいいと思ったんだから売れるに決まってるやん」。
そしてその通りに売れる。だって日本の正義・陽キャが選んだから。


悲しいかな、陽キャに根拠なんて要らないのだ。
どれだけ陰キャが複雑なニューロン構造を持っていたとしても無意味。
陽キャが好きなものが正義。そしてそれが最終的には事実になる。

WANIMAの『やってみよう』の歌詞にもあったよね。

正しいより楽しい 正しいより面白い




そう、正しいかなんてどうでもいい。結果なんて後からついてくる。

だから陽キャは嫌いなんだよ!陰キャがどれだけ理屈をこねようとも、
結局奴ら次第で全てが決まっちゃうじゃん!
もっと少数派の話も聞いてくれ。ポリコレ的にどうなんすかコレ?


まぁ実際、陰キャはきっとこの状況が面白くないに違いないハズだ。

何せメジャーに行ってWANIMAのイメージは少し変わってきているのだ。
大衆に知られ、音楽も色んな味を出している今のWANIMAの姿は
かつて彼らを支持していた陰キャには八方美人に見えるんじゃないかな。

実際俺もこのアルバムについてはまぁまぁ良いとは思うけど、
インディーズの頃の方が一貫したパワーがあったように感じる。

この気持ちはかの有名な
「バンドがメジャーに行くとテンション下がる症候群」
かもしれないけど、少なくとも昔のWANIMAに感じた感覚は
今はもう別のものに置き換わってしまっているのが分かる。


だから俺の中では、WANIMAを初めて聴く人はこのアルバムから…
というのは実際なんかちょっと違う気がするんだよね。

売れたし決して悪いアルバムではない。
いい曲だっていくつも収録されている。
実際にWANIMAってすげーよなって思える。

だが、是非薦めたいというアルバムでは無かったかな。
陰キャの俺としてはなかなかもどかしい気持ちになった一枚だった。
結局はメジャーになり遠くなった彼らを目の当たりにしたからなのか…。


いずれにしてもWANIMAは陽キャのもの=日本の正義となりました。
だからこのアルバムは今の日本の姿そのものだとも言ってよい。

というわけで俺もまぁ『やってみよう』の精神を大事にして、
もっと陽キャともギャルママとも仲良くなれるように頑張ろうかな。

苦手な相手とも 話してみよう


【採点】
・陽キャ御用達バンド 40点
・ハイ売れた     30点
・笑顔しか見えない   5点
・陰キャにも光を   -3点
72点

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