脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

【Song】椎名林檎と宇多田ヒカル / 浪漫と算盤 [2019]

 

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日頃から音楽を楽しまれている皆様におかれましては
「再評価」という単語は非常に馴染み深い言葉なのではないかと察します。

「○○が再評価!」「ここにきて再評価!」

緊急事態宣言等で最近実家に帰ってないという音楽ファンの方ならば
再評価という文字はひょっとしたら親の顔より見た言葉なのではないでしょうか。
ちなみに俺は親の家には15年くらい行ってません。

でも再評価って言葉いいよね。

単純に当時も評価されて時間があいてまた評価されたというケースもあるだろうけど
なんか当時はそうでもなかったけど後年になって報われたみたいな、
そういう再評価ってのもあるじゃないですか。再評価、皆が幸せになる魔法の言葉だ。

この「再評価」という現象は何も音楽に限った事ではない。
ちょっと前には田中角栄の再評価みたいな話もあった。
余程の極悪人でもない限り誰にでも再評価されるチャンスはあるという事だろうか。


そして近年、怒涛の勢いで再評価されている人物と言えば…

それはきっと渋沢栄一で間違いない!

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先日も渋沢栄一がデザインの新一万円札のニュースが話題になった。

あれやこれや言われているけど外国人や視力が低い人にも考慮したデザインで
俺はそんなに悪くないと思う。
渋沢栄一の写真はもうちょっとイイのがなかったんかなとは思うけど。


ただ渋沢栄一は俺が中学校のときはギリ教わるくらいのレベルの重要度で、
一万円札になるほどのボスキャラ感がある人物だったかどうかは正直怪しい。
少なくとも俺がガキだった頃の渋沢栄一の知名度はここまで高くなかったと思う。

でも今NHKが大河ドラマで盛り上げているくらいだし…

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なんだか日本全体で「渋沢栄一推し」の流れを感じているんだぜ。


そんな渋沢栄一と言えば有名なのが著書の『論語と算盤』なわけである。

最近は漫画版とかもあるんやね。
子どもにまで渋沢栄一推しを広げていこうというあたり、
どうみても国家戦略か何かの圧力的なものを感じずにはいられない。


最近本屋に行ってないけど、
おそらく2021年の書店ではこの『論語と算盤』が平積みされて
店員がポップ広告をつけて激押しされているに違いない。
ああ、そんな光景が容易に想像できる。


これら最近の激烈な渋沢栄一再評価の流れによって
我々日本人に渋沢栄一イズムが押し寄せてきている。
これはこれである意味国家的な洗脳教育と言える。

これに対して大滝詠一イズムを刷り込まれてきた我々音楽好きとしては
渋沢栄一イズムの浸透によってエイイチズムの意味が塗り替わってしまう事を
危惧しなければならないのではないかと思う。

ちなみに大滝詠一も今年ロンバケの記念盤も出たし再評価の波が来てるけど、
さすがに渋沢栄一の再評価の勢いに押されてしまっている。悔しい限りだ。


というわけで、我々音楽陣営がバイブルとすべきは
『論語と算盤』ではなくこちら椎名林檎と宇多田ヒカル御大2名による
浪漫と算盤』ではないのだろうかという事になる。

俺らには論語は必要ない!必要なのは浪漫という事だ!
…でもどっちにしても算盤は必要みたいだから算盤は買ってこなくちゃ…


この曲は椎名林檎20年目にして初のベスト盤という事でかなり話題になった
2019年の『ニュートンの林檎』の1曲目に収録された記念すべき曲だ。

もう2年も前になるのか…ちょうど俺が病気の治療で苦しんでいた頃だな。
ううっ…苦しかった日々の思い出が思い出されて辛い…。


ベスト盤を嫌っていた椎名林檎がなんだかんだで出してくれたベスト盤。
ファンとしてもアルバム未収録だったシングルがようやく収録されたし
新曲も入っているしで正直買う以外の選択肢がないベストだった。

そんな大事なベスト盤の1曲目にセオリーにありがちな自身の代表曲ではなく
コラボの新曲、しかも宇多田のボーカルの方が先に始まる曲を持ってくるあたりが
椎名林檎っぽいなと林檎イズムに侵された俺はニヤニヤと思考を巡らせていた。

公開されたMVは、椎名林檎と宇多田ヒカルという日本を代表する
女性アーティストである二人がテトリスをやっていると注目され、
二人の姿が神々しい事もあって「神々の遊び」などという
モンスターエンジンのネタみたいな讃えているのかふざけてんのか
良く分からない言い方で持ち上げられていた。


まぁしかしさすが椎名林檎というべきか、流行に乗るでも逆らうでもなく
まるで「並行世界からお届けしています」と言わんばかりのセンスで
孤高の音楽観・世界観を見事にぶつけてくるのである。

いつも椎名林檎って俗世離れしたような雰囲気を纏っているしさ、
俺らの事も天界から見下ろしてハマーン様のように「俗物がっ」とか
言ってそうだし本当にパラレルワールドに生きているんじゃないかと思うんですよ。
あーやばい。想像してたらコレ変な性癖こじ開けちゃいそうでやばいです俺。


ちなみにこの曲はベスト盤に収録されている「LDN ver」と
別途配信された「TYO ver」が存在する。
それぞれロンドンで収録されたバージョンと
東京で収録されたバージョンという違いだが勿論アレンジも異なる。

個人的には東京verのバンドアンサンブルとスリリングな感じが好きだな。
ロンドンverは綺麗にまとまってて美しいって感じでそれもいいけど、
東京verは身近な匂いが感じられて我々俗物にとっては好物ですぅうぅぅハイィィ。

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そういやこの『浪漫と算盤』ってタイトル、
英語だと『The Sun&moon』になっているんですよね。

「サン&ムーン」って一瞬ポケモンかよと思ってしまうが、
まさか林檎様がそんな俗世間のお遊戯をご存じとは思えませんので
まぁこれは浪漫と算盤という日本国内向けのネタが通じにくいのもって
英語の題名にしたときにスッと入りそうな単語を選んだって感じでしょうか。

MVでは白のイメージが椎名林檎で黒のイメージが宇多田という
二人の対比が描かれているのだがこれにもそれぞれ浪漫と算盤の役割があるんだろう。

となるとあくまで俺の感覚だが
浪漫:SUN:宇多田ヒカル:黒
算盤:MOON:椎名林檎:白
だと思っている。

「なんかソースあるんですか?」と言われれば、そんなものは「無い」。
あくまで「っぽい」から。でも「っぽい」という感覚も大事だぞ。
SUNが黒でMOONが白はおかしい??んなこたあない。
椎名林檎様だぞ。あの方なら太陽が黒と言ってもおかしくないだろ?

ん??「ブラック&ホワイト」って…やっぱポケモンじゃねーか!!


そういや椎名林檎って昔もブラック&ホワイト感あるCD出してたな。


きっと黒と白みたいなのがお好きなんでしょうね。

ちなみにこちらのアルバム『唄ひ手冥利~其ノ壱~』の中でも
椎名林檎と宇多田ヒカルはカーペンターズのカバーを一緒にやっております。
(この二人は同じ東芝EMI出身という事でEMIガールズとしてデュエットしてた)


あとこの2人のデュエットと言えば何といっても『二時間だけのバカンス』。

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これも当時はかなり話題になったし忘れちゃあいけない。

あんまり2人でコラボしすぎると貴重さが失われてしまいそうだけど
今後もまたやってくれるとやっぱりなんだかんだで気になってしまう2人である。


しかし、この『浪漫と算盤』という曲は間違いなく『論語と算盤』の
「論語」の部分を敢えて意識的に「浪漫」にしているわけで、
それはつまり必要なのは「論語」ではなく「浪漫」だと宣言しているとも言える。

渋沢栄一イズムの勢力が拡大している現代において
こんな強気の意思表明をしてくる椎名林檎。大丈夫なんだろうか。
その姿勢はロックだけど、渋沢過激派に狙われたりしてないだろうか。心配である。


でもここまで煽っておいてなんだが、
椎名林檎って別に渋沢栄一に対抗しているわけではなく
渋沢栄一イズムの伝承者なのではないかとも考えられる。


実は俺の住んでいる街は『論語』をかなり進めている地域で
学校などでも論語を教えている。孔子を祭った文化財がある街なので、
その孔子が教えたとされる論語の普及にも力を入れているのだ。

そんな街に住んでいる俺も『論語と算盤』は読んだわけなんですが…

正直な感想、ちょっと考え方が古いかな…という部分もあった。
しかし全体としては現代にも通じる考え方が多くていい本だとは思う。


さて、椎名林檎のこの曲『浪漫と算盤』の冒頭の歌詞にある一節。

主義を以って利益を成した場合は
商いが食い扶持以上の意味を宿す


これって『論語と算盤』で渋沢栄一が言ってる事と同じなんですよ。


論語は所謂「道徳」的な要素、そして算盤とは「経済」「商売」の事。

商売をするならただ自分の利益だけを求めててはいけない、という意味であり
明確な哲学、誰かの為になりたいという意識、そういうものがなければならない。
もし利己の利益だけを求める者ばかりが商売を行えばいずれ国は衰退する。

だから商売するならば「論語」の精神も必要なのだと
そういった事を渋沢栄一は『論語と算盤』で主張していた。
世のため人のための精神で皆が働くからこそ、日本が、世界が良くなっていく。
うむうむ、いい事言うじゃん渋沢栄一。俺もこれはとても大事な考え方だと思う。


特にコロナ禍で皆が利己主義に陥りがちな時代において、
他の人のためになる事をすればやがては自分に返ってくるという考えは非常に大事。
そもそも人間って社会的な生き物なので人との関りが無いと生きてはいけないハズだ。

椎名林檎もその辺の事はちゃんと分かった上で歌にしているだろう。
「論語」が「浪漫」になっているはいるが論語を否定しているわけではないと。


ただ俺は『論語と算盤』の中でもこれはさすがに同意できないなと思う事もある。

例えば『論語と算盤』には「後輩を責め立てて少しのミスにも怒鳴りつける
先輩がいれば、後輩は隙を作らないよう心掛けて引き締まる」という話があったが、
それはさすがに令和の現代においては単純に信頼関係を失う事になるので
正直こういった昔のままの日本の価値観が今の世に広がるのはどうかと思っている。

元々日本は論語の影響が強い国なので、そのおかげで例えば子は親を敬うべきといった
今の感覚では古臭い思想も国家の統制に利用され役立てられてきた側面もある。
俺はやっぱり満場一致で『論語と算盤』を受け入れる事については疑問だ。


そこで「浪漫」の出番ってわけですよ。

論語もいいけどそれだけでは窮屈かもしれない。
浪漫とは理想を追い求める心である。特に漢字で書く「浪漫」は良い
カタカナだとラブロマンスのような匂いが出てくるが、漢字だとカッコよい。

屹度そう 浪漫抱えたら算盤弾いて
両極のど真中狙い撃って お願い勇気をおくれ


浪漫という非現実的で合理性のないものに対して
算盤という現実的で合理的な手法を用いてそのど真ん中へと狙いを定める。
なるほど、渋沢栄一の時代に比べて便利で豊かになった現代、
論語だけではなく浪漫を持つ事も人生を謳歌するには大事という事か。

つまり椎名林檎の『浪漫と算盤』は
現代版にバージョンアップした『論語と算盤』の精神だと言えるのかもしれない。


そして椎名林檎は多分宇多田ヒカルに浪漫を見出したのではないか。

椎名林檎はどちらかというよりロマンチストというより職人といったイメージであり
おそらく彼女自身も自分にはもっと浪漫が必要だと思っていたのだろう。
だからロマンチストな宇多田ヒカルをゲストに呼んでその高みを目指そうとした。

玄人臭 素人衆 皆の衆
賛否両論 頂戴
置きに行こうなんぞ野暮


いろんな人からの賛否両論があって大いに結構、
それでもなお高みを目指そうとする椎名林檎の熱いクリエイター魂を感じる。
…つーかコレ東京五輪開会式への意気込みにも感じられるな…実現しなかったけど。

だから『論語と算盤』を読んで満足している意識が富士山級の諸君。
それだけではダメだ。併せて椎名林檎も履修しておきましょう。
そうすれば君たちの意識はチョモランマ級に高まるぞ。


椎名林檎は止まらない。
渋沢栄一の再評価の波に乗って、この曲にも再注目して欲しい。

疑わしい相手ならいつだって
自分ずっと進化したいよね


やっぱポケモンじゃねーか!!


ポケモンの次回作は「浪漫&算盤」で。


【採点】
・間違いないデュエット   50点
・論語ブームに乗れ     30点
・エイイチの再評価      5点
・俺もいつか再評価されたい -3点
82点