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脱R論

一般人の一般人による一般人のためのゆるくテキトーな音楽ブログ。ロックから脱却出来るその日まで音楽ネタを中心に書き綴ります。

脱R論 - 一般人の一般人による一般人のための音楽ブログ。

「一部の方に不快な思いを…」の『一部』とは?

表現の自由」が今、アツイ。

 

このご時勢にかなりセンシティブなお話ですが。
結局、自粛ムードって何なの?って事よ。

ISISでの人質事件を受けてMステで曲変更・歌詞変更もあったりね、
「自重しろ」なんて言うクレーマーを警戒してか知らんけど。


でもね、こんなの言い出したらそれこそ表現の自由ってなんなのさ。

俺個人は基本的に法律に触れなければ何をやってもいいと思うんだが、
法が許したとしてたっていわゆる『私刑』が横行している今の世の中では、
一部の許さない人達のクレームや攻撃によって窮地に追いやられたり、
先日のフランスのジャーナリストのように最悪の場合は命を落とす。

そりゃ表現を生業としている方々が萎縮してしまってもしょうがない。
自己表現しただけで怒涛のように叩かれたり、
命まで危険にさらされるなんてね。

おいおいマジかよ勘弁してよ、
おちおち表現なんてしてられませんぜって感じだよクリエイターの皆さんは。


ただし皆が認識しておかなければならないのは、
誰でも不快な思いが0の表現なんてハッキリ言って不可能って事だ。

他人の不快な思いと表現の自由のバランスは解決不能の永遠の課題であり、
誰も正確な解なんて持ち合わせていないハズだから。


小さい子供が公園で無邪気に遊んでいる映像が流れたとする。
一見ほのぼのしてこれなら嫌になる人なんていないと思われる映像だが、
人によってはそれすら嫌だ見たくないという人もいるだろう。

理由なんて様々だ。
子供を公園で亡くしたかもしれない、子供に何かされたのかもしれない
そもそも子供自体見たくないのかもしれない。

でも我々はそれを見る時は普通そんなの想像しないし出来っこない。
仮にそう指摘されても「そんな人の事までいちいち考えない」で終わりだ。
そしてそれはとても正常な反応だと思う。

でも一方でそういう人も世の中には一部いるという事は間違いない。
「そんな人の事まで…」って基準を不文律的に設けて除外してるけど、
じゃあ、そういう一部の人の声は無視していいのか?
じゃあ、その一部はどれくらいの数になると無視してはいけないのか?
一体どのくらいの規模になると不謹慎なんて言われ始めるのか。


極端な例を挙げはしたが、
結局「そんな一部の人にも考慮してよ」の”一部”ってなんなんすかって事だ。

一部を気にし始めると、想像してもキリがない。
ハッキリ言ってしまうけど逆に考えるだけ無駄だよ。
だって明確な答えを誰も知らないわけだから。
その一部がいつのタイミングで「大きい声」になるのかなんて、
誰か分かるなら教えて欲しいくらいだ。

ただ言える事は良く耳にする「一部の方に不快な思いを…」の、
その「一部」の声を意識し過ぎる風潮が蔓延すると、
そういった声が簡単に大きくなりやすくなる流れを生む事だ。

これは消費者側にも言える事で、
他人の表現に過敏になりすぎると自粛ムードで皆自由に行動出来なくなる。
「自分が嫌だから」の理由でみんなが神経質になりすぎると
表現が自然と封殺されていってしまうというのは非常に残念だ。


自分の思い・考え・主張を表現するのは
どう転んでも必ず誰かを不快にする可能性があるのだ。
その事実を受け止めて万人に平和的な表現なんて
存在しない事を前提に考えなければならない。

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